超伝導体は、電気抵抗ゼロで電流が流せる材料で、今日では医療機器やリニアモーターカー、量子コンピューターなどに応用されています。しかし、「臨界電流」と呼ばれる流すことのできる最大電流があり、それを超えると超伝導状態が壊れて電気抵抗が生じてしまいます。
今回、ドイツのマックス・プランク研究所などの研究チームは、わずか2ピコ秒(1兆分の2秒)のパルス電流を使って超伝導体の伝導度を測定することで、ごく短時間であれば従来の臨界電流よりも大きな電流を流しても、超伝導状態が保持されることを発見しました。
研究チームは従来の臨界電流は、超伝導状態で電流を運ぶクーパー対(電子2つがペアになった仮想粒子)を破壊するほどの電流ではなく、超伝導体が内包する磁気渦を動かし熱を発生させるため超伝導状態が壊れる電流値をさしていることを指摘しました。
そのうえで、今回研究チームが行った、長短パルス電流による計測では、この磁気渦が移動する効果を無視できるため、クーパー対そのものが壊れる「超伝導本来の限界」に迫ることに成功しました。

これまでの「臨界電流」は本当の限界ではなかった?
超伝導体では、電子が「クーパー対」と呼ばれるペアをつくり、多数のペアが協調して振る舞うことで、抵抗なしに電流を流せます。ならば、そのペアが壊れるまで電流を増やせそうですが、II型超伝導体では、その前に別の現象が起こります。
電流を大きくすると、超伝導体の中に入り込んだ磁束が「渦」のような構造をつくり、それが動き始めます。動く渦はエネルギーを消費して抵抗や発熱を生むため、クーパー対そのものが限界を迎える前に、抵抗が観測されてしまうのです。
「渦が動く前に流し終える」という発想
そこで研究チームが考えたのが、渦が動き出すよりも短い時間だけ電流を流す方法です。使用した電流パルスの長さは約2ピコ秒。1ピコ秒は1兆分の1秒なので、文字通り一瞬だけ非常に大きな電流を流します。
研究チームは、代表的な超伝導体である窒化ニオブ(NbN)などにこの超短時間の電流を流しました。するとNbNでは、通常の直流測定で求めた臨界電流を超えても、すぐには超伝導が失われませんでした。
そして通常の臨界電流密度のおよそ2.2倍に達したところで、超伝導状態が急激に弱くなる変化が現れました。研究チームは、これをクーパー対そのものが壊れ始める「対破壊電流」に到達した結果と解釈しています。
超伝導そのものが壊れる限界が見えてきた
さらに研究チームは、NbNとは性質の異なる高温超伝導体YBCOでも同じ実験を行いました。するとNbNのように明確な境界で突然壊れるのではなく、電流を増やすにつれて超伝導が徐々に弱くなりました。
この違いは、電子をペアにしている超伝導状態の構造の違いを反映していると考えられます。つまり超高速の電流を使えば、「どこまで電流を流せるか」だけでなく、超伝導の内部構造そのものを調べられる可能性があるのです。
研究チームが今回用いた手法は、単に臨界電流の上限値を押し上げるのみではなく、超伝導状態にある電子がどのようにふるまっているかを調べるために重要な役割を果たすことが期待されます。
「限界を超えた」のではなく、本当の限界に近づいた
研究グループの取り組みによって、これまで「限界」として観測していた値が、実は渦の運動によって決まる実用上の限界であり、その奥にさらに高い本質的な限界が隠れていたことがわかりました。
今回の手法は、従来の電気測定では見えなかった超伝導体の性質を調べる新しい方法になる可能性があります。また将来、非常に短い時間だけ強い超伝導電流を利用する電子・磁気デバイスへつながる可能性もあります。
「超伝導体には臨界電流がある」という教科書的な説明の奥には、実は異なる二つの限界が隠れていました。時間をピコ秒まで短くすることで、これまで渦に邪魔されて見えなかった「超伝導そのものの限界」が見えてきたのです。
情報源・プレスリリース
Max Planck Institute for the Structure and Dynamics of Matter「Outrunning the vortices: Picosecond pulses push superconductors beyond their critical-current limit」(2026年9月24日)
原著論文
E. Wang, M. Chavez-Cervantes, J. Satapathy et al.「Probing picosecond depairing currents in type-II superconductors」Nature Physics(2026)
専門用語の解説
II型超伝導体
ある強さ以上の磁場がかかると、超伝導を保ったまま磁束が内部へ入り込む超伝導体です。その磁束は「渦」と呼ばれる構造をつくります。NbNやYBCOもII型超伝導体です。
クーパー対
超伝導状態でつくられる電子のペアです。多数のクーパー対が協調して振る舞うことが、電気抵抗なしで電流を流せる超伝導の重要な鍵となります。
磁束の渦(磁束量子・渦糸)
II型超伝導体の内部に磁場が入り込むときにつくられる、小さな磁気の渦のような構造です。電流によってこの渦が動くとエネルギーが失われ、電気抵抗が生じます。
対破壊電流
超伝導をつくっているクーパー対そのものが壊れ始める、本質的な電流の限界です。今回の研究では、渦が動く前に超短時間の電流を流すことで、この限界に迫りました。
ピコ秒
1兆分の1秒(10のマイナス12乗秒)です。今回の実験では約2ピコ秒という非常に短い電流パルスを使い、磁束の渦が十分に動く前に測定しました。